取るに足らない小噺ブログ

クスリとしていただきたくしょうもない小噺を提供します。

小学生とガチンコバトル

 千駄ヶ谷日本将棋連盟の将棋道場がある。建物の上階では、プロ棋士も対局しており、まさに将棋のメッカである。将棋は、スマホアプリでちょくちょくやる。小学生から細々と続けてきた。腕試しをしようではないか。ふと思い立ち、意気揚々と向かった。

 

 道場の受付で実力を問われた。将棋アプリの級を伝える。実力がないと思われるのではと、小声で伝える。受付は淡々と承った。自意識過剰は、いつでも顔を覗かせる。お金を払い、対局の勝敗を記す用紙に名前を書いた。誰と対局するかは受付が決め、名前を呼ばれたら対局に向かうシステムらしい。はじめての場所で落ち着かず、そわそわしながら端にある椅子に腰掛ける。道場を見渡すと老若男女が駒音を響かせている。みな強そうである。10手先、いや、50手先まで読んでいそうな顔つきだ。場違いだ、コテンパンにされてしまう。はやくも悟った。

 

 受付に呼ばれた。鼓動がはやくなる。将棋道場デビュー戦だ。相手は小学校高学年くらいと推定する。対局する机に向かうとき、彼の背中についてゆく。大きい、とてつもなく大きく見える。まさか、小学生相手に気圧されているのか。席に着き、彼が駒を箱から取り出し、盤上中央に出した。一枚一枚並べてゆく。私の駒を持つ手は、汗まみれ。震えが止められない。彼は、私とは対照的に美しい手つきで優雅に並べてゆく。

 

 振り駒で、相手が先手になった。お願いしますとお辞儀をして、彼は初手を指した。スマホアプリとは異なり、盤が大きく見える。なんだかふわふわしたまま、私も駒を動かした。どんどん戦局が進んでいく。盤に集中できない。集中したところでたかが知れているんだが。地に足がつかないを見事に体現していた。

 

 中盤に進み、彼の指した手で、地獄に叩き落とされた。金と飛車の両どりがかかった。痛恨の一撃である。何故気付かなかったのか。そこからは、じりじりと優位を築かれていく。マラソンで、少しずつ前のランナーが遠ざかっていく感覚。分かっているけど、追いつけない。

 

 負けましたと喉の奥から絞り出した。負けを認めなければいけないこと、完全に実力で勝敗が決まること、将棋のあまりに残酷な事実である。戦いの後は、こうすればよかったのではとアドバイスをいただいた。小学生に指導される31歳の自意識過剰な地に足つかないおじさん。そして、彼の説明は高度すぎてほぼ理解できなかった。

 

 その日は、10局して5勝5敗という結果だった。勝てたときは、内心大喜び。将棋の奥ゆかしいところで、勝った側は、相手を気遣い、喜びを表現しない。故に内心大喜び。棋力を認定してもらえるとのことで、5級を認定していただいた。初戦の小学生の彼は4級だったと後で知った。いつか、リベンジさせてください。それまでは、勝手に師匠と崇めさせていただきます。