取るに足らない小噺ブログ

クスリとしていただきたくしょうもない小噺を提供します。

海上保安大学校でのお話

 高校を卒業して海上保安大学校に入学した。海上保安大学校は、海の警察官を育成する学校で、日本の海の治安を守るため厳しい訓練が日々行われている。新入生は一週間のオリエンテーションを通して学校でのルールを学び、晴れて入学式を迎える。

 

 学校内では、様々なルールがある。例えば、ドアの敷居を踏んではいけない。船の敷居は、船の気密性をよくし、沈没を遅くする効果がある。そのため、踏んで凹ませないようにしなければならない。普段からそのような意識を身につけるため、学校でも敷居を踏んではいけないのだ。私はそのルールを堂々と破り、顔に唾をとばされながら怒られた。怒る人の顔があまりに近いと視線をどこにやればいいか分からなくなることをこのときはじめて知った。

 

 ベッドメイクでは皺ひとつ作ってはいけない。皺がわずかにでも見つかれば、先輩から愛のある指導が入り、シーツが全て床にひっくり返される。毎日ひっくり返された。自分の隣の先輩のシーツに皺が見えたときは、はらわた煮えくり返った。

 

 ある作業着には、襟元に紐があり、それをちょうちょ結びして、襟の下に収めるという着こなしが要求される。私の紐はピロンと襟からはみ出ていた。ちゃんと着こなしを確認したのかと怒られた。確認したに決まってるだろうと思いつつ、部屋でやり直してこいと言われ、部屋にダッシュで戻った。紐を収め、ダッシュで訓練に戻った。無常にも紐は再び出ていた。おまえ、ふざけてるのかと怒られた。ふざけるわけあるか、ちゃんと見たに決まってんだろと内心は思っていた。そのあと訓練に参加させてもらえず、その訓練の間ずっと直立不動でいた。

 

 食堂では食べ終わった後、食器類を返却口へ持っていく。そこで、食堂の方々にご馳走様でしたと大きな声で言わなければならない。先輩がその返却口に立っていて、大きな声で言えているかチェックしている。私が必死にご馳走様でしたと叫んだ。聞こえねーよと怒られた。いや、どう考えても聞こえてるだろ、そこは声が小さい‼︎だろと思ったが、今度は表情を歪めて叫んだ。どう考えても先ほどと同じボリュームだったが、今度は突破できた。顔の表情によって声の伝わり方が変わることを学んだ。

 

 常に先輩方のプレッシャーを感じる。そして指導される。この年のオリエンテーションで愛ある指導を受けた人ベスト3に入っていただろう私は、軽い鬱になっていた。毎日緊張感を持って生活する。気が休まるところはトイレの個室の中だけだった。

 

 この物語はフィクションである。