取るに足らない小噺ブログ

クスリとしていただきたくしょうもない小噺を提供します。

発狂

 山月記で李徴は発狂した。「或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分からぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。」

 

 東京で私は発狂した。『或夜半、急に車を借りて駐車場をでると、何か訳の分からぬ歌を叫びつつそのまま首都高にとびのって、闇の中へ駈出した。』

 

 少し前まで毎日車に乗っていたが、上京してからは、徒歩、自転車、電車がもっぱら交通手段となっていた。家に引き籠る日々で何かが私の中ではじけた。遠くに行きたい。

 

 夜のドライブに出た。車をレンタルして。久しぶりの運転で昂っている。なぜあの鉄の塊の中にいると大声を発したくなるのだろうか。私だけなのか。歌いながら車を走らせた。

 

 海ほたるに着いた。すぐ、展望デッキに向かった。真っ暗な中、足に力を入れなければ、その場に留まれないほどの風が吹いていた。細い目がさらに細くなる。周囲には家族連れとカップルしかいなかった。自意識が言う。おまえ、変な奴じゃね。

 

 自意識がカップルたちの笑い声を嘲弄へと変換する。居場所がない。この場から無我夢中で駈出して虎になりたいと思った。