小さい頃、誰しも思うはずだ。天狗になりたいと。私もその1人である。高尾山には天狗がいる。弟子入りしなければ…。
朝、5時。アラームで目覚める。天狗は明朝か夕暮れ時に活発に行動すると仮説を立てている私は明け方登頂することにした。支度をして、電車に揺られて高尾山麓に6時30分に到着。
下調べでは登山初心者にも安心な山とあったはずだが、坂の勾配が大きい。すぐに息切れする。きつい。だが、天狗がどこからか見ているはずである。疲れている様子を見られては弟子入りを断られてしまうかもしれない。呼吸音を必死に殺しながら歩を進める。決して他の登山者に追い抜かされるとき、疲れている様子を見せるのが恥ずかしいからではない。天狗を意識しているからだ。
7割ほど登ったとき、後ろから鈴の音が聞こえてきた。軽快なリズムだ。めちゃくちゃ早い。どんどん近づいてくる。追い抜かれた。スキンヘッドで、真っ赤な薄手のウインドブレイカーを着た屈強な肉体の天狗だ。声を掛けなければ。しかし、声を届かせるよりはやく、天狗は山を駆け上がっていった。
山頂に着いた。天狗はすぐに下山していった。私は疲れてしばらく景色を見ながら休んでいた。弟子入りは次の登山のときにしよう。